その日暮らしと日進月歩/2006-04-26
Last-modified: 2006-04-26 (水) 12:02:22 (6575d)
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考え事のかけら
- すする者
親切を制度にすることは、それが踏みにじられる準備をしてしまうことでもある。
親切が行き渡るようにと願って決まりが発案/施行されたとしても、その親切を笠に着ておいしい汁をすすろうとするやつは必ずあらわれるもので。ガチガチに決めちゃわないと実現できないような親切はなるべく少ない方がいい。
なんて考えるのは、俺がまだガキだからだろうか。ガチガチに決めるということはつまり、その決まりに「計算できる実行力」を持たせようとすること。
「計算できる実行力」を確立するには、何者かに責任を負ってもらわなければならないわけで。
その責任が絡まって成り立っている社会なわけだが。
それにのっとって社会人という言葉があるわけだが。社会人によって組み上げられてる社会の、その生み出す汁をちゃっかりすするようにして生きている野良犬の俺。
「制度という形を持った親切」を笠に着ておいしい汁をすすってるやつらと俺との違いなんて、その汁のうまみの大小ぐらいでしかない。
責任の横流しをしているという点では、しょせんすでに同じ穴の狢か。
そのくせわざわざ野良犬暮らしをしているのは、純朴な人々と袂を分かつことをおそれているだけだろうか。
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